ニコニコ学会感想まとめ
さて、ニコニコ超会議におけるニコニコ学会βの話。
これ、普段追いかけてるクラスタに依存すると思のだけど、開催中も終了後もすこぶるよい反応がTLに入ってくる。実際自分も会場にいたのだけど、なんというか、その自由で楽しそうな雰囲気に、普通の学会にはない高揚感のようなものを感じた。
ただ、一方で、会場にいなかったひとからは「よい、って情報は入ってくるけど、具体的に何がよかったのかよくわからん」という意見も。
確かに、自分も「よかった」以上の感想をまとめられてなかったので、この機会にもうちょい考えてみる。多分、これから自分以外のひとも考察するだろうから、それを読むまえに自分なりにまとめておきたい、ってのもある。
まず、僕個人のバックグラウンドの話。僕自身は学生のころから生命科学の学会に参加することがちょいちょいあって、就職してからもそれは続いている。就職後は企業出展などにも参加することから、ちょいと斜めから参加していることもあり、一般的な感想にはならないかもしれないのですが、そこはご容赦を。という前提条件がありまして。
そんな中でふらりと足を運んだニコニコ学会。
いつもとの客観的な違いは、
・自分は専門外である
・聴衆も大半は専門外で、中には専門家もいる、という参加構成
・専門家たちも、産官学その他、関係がない感じである
・ただ、発表概要は動画やSNSで知っている(ものもある)
・開催そのものは手弁当な会である
という感じ。
まず、専門外であるという気楽さは正直あって、隣の芝生は青くても、うがった見方にならない。素直な驚きやポジティブな夢を想像できるwktkは本来の科学の楽しさだろう。これってちょっと第三者の立ち位置からの都合のよい見方、ともとれるのかもしれないけど、普段専門外の学会になんてそもそも参加する機会がないわけだし、仕事じゃなしにエンターテイメントとして科学を捉えなおして、それを会場全体(あとはコメント)でシェアするってのはレアな体験だった。テレビだとどうしても嘘っぽく聞こえたり、きっと放送されてない大きな問題があるだろうね、みたいな残念な思いが浮かんできちゃうのだけど、本人が目の前で喋ってるリアルさと専門家も含めて(鋭いコメントが流れたりもする)シェアしてる安心感、高揚感は正直新鮮だった。
楽しむという要素にとっては、そういう感覚って大事なのかもしれない。
科学はエンターテイメントとして成立するのだ!という希望が具現化された感じ。僕にとっての楽しさの大きな要素は多分この辺りになる。
ただ、きっとそれだけじゃなかった。
それ以外ひとつめ
普通の学会のディスカッションって、予定調和な展開か、やりこめようとする質問者からの身も蓋もない意見でおかしな空気になるか、そんな感じの印象がある。多分、大半はそんな事なくて、有益な意見交換もできるのかもしれないけれど、特に後者は一回体験するともうトラウマだから、そういう印象になるんじゃなかろうか。
ニコニコの特徴として画面を流れていく例のコメントがあるけど、その発言の敷居の低さは活発なディスカッションにつながる気がしている。会場にいてもコメントへの同意やそこから派生して考えがまとまる事だってある。勿論、敷居が低いって事はネガティブなもの含めて色んな意見が流れる事にはなるけれど、積極的に参加する人たちの大半は善意を持った人たちであって、それくらいはひとを信じてもいいと個人的には思っているから、むしろ一部の素っ頓狂な嫌がらせを抑止することにもなるんじゃないかと思っている。そんなツールに頼らなくても、面と向かって積極的に発言すればいいんだよ、と、もっともな意見もあるだろうし、大成する人はその辺り貪欲なのは経験上明らかではあると思うのだけど、その逆は成り立たないのと、もっと普通の人の力を借りてもいいと思うんだ。そういう時代だとも思う。そのためのツールだったら歓迎しようじゃないか、というのが僕のスタンス。
まとめると、意見のいいやすさが産み出すディスカッション活発化の可能性、いいじゃない。ということ。
それ以外ふたつめ
今回の話はキャッチーではあったと思うのだけど、完全初見だと、成る程わからん、になってしまうものも結構あったと思う。ただ、完全初見は一部だったりもした。それは、動画やSNSで、さわりだけ知っていたから。自分の専門の学会に参加しても人がやってることが全然わからなくなったりすることがある。これは、ひとえに自分の不勉強のせいもあるんだけど、いきなり学会行って発表聞いたり、ポスターみて、そこから理解をスタートさせようとすると、正直結構辛いものがある。そのために要旨集があるんじゃん、という話でもあるわけだけど、あれ、みやすさとかわかりやすさ、って意味において進化してるのかな。電子版が配布されるケースは増えてきて、電話帳みたいな重たい印刷物を持って会場を彷徨う苦役からは開放されつつあるものの、でも、それ以上のものは、あんまり感じないかもな〜。というのが、正直なところ。
今回のように、サマリーが学会直前に配布される要旨集ではなくて、動画やツイートで多重的に自分の中に入っていて、興味あるものは、ある程度引っかかっている、という状態がミソな気がする。これで、発表内容に関する親近感が全然違うし、理解の助けになる。気がするのだけど、どうだろう。これは、伝統的な学会でも、一部Twitterなどを利用して内容を紹介しているところはあるけれど、もうちょっと有効活用できそうな気がしている。RTだけでは表現できない部分があるからシェアの仕方、質、みたいなものが肝要になっていくのかもしれないですね。
それ以外、さいご
これは、一時的なもの、って事もあるからちょっと書くのをためらう部分もあるけれど、新しい事に対して主催者も参加者も楽しみながら、熱っぽさを持って取り組むかんじ、が、なんとも愉快で痛快だった。立ち上げ時固有のなんとも言えないエネルギーがあって、しがらみとか既存の序列を吹き飛ばせるんじゃないか、っている可能性を感じさせてくれた。世知辛い世の中において価値の逆転を感じさせる部分もあるし、勝ち負けって概念のない、(やられたあっぱれ!って感じはあるけれど)お互いのリスペクトで成り立つ空間にいるなあ、って思える空気、ともいえるのかしら。
それって恒常化すると自己批判のない寒いコミュニティになっちゃうかもだし、規模がでかくなれば、自然とヒエラルキーとか村社会化する可能性すらあるけれど、この、手づくりな感じと、敷居の低さ、善意あるホスピタリティと謙虚な参加者という関係が続く限り、この雰囲気は保たれるんじゃないかな、とも思っている。というか、願っています。
さて、とっても長くなったし、話もあちらこちらに及びましたが、結局、楽しさの要因は、科学の持つ本質的な面白さをよい雰囲気の中で理解しやすい形で提供してもらったし、それを皆でシェアできた、ってのがまとめになるでしょうか。
わかりにくくてごめんね。かくいう俺は学会発表には向いてないかもなー。
おわり。
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