2009.07.13

Amazon.co.jp: 整理HACKS!―1分でスッキリする整理のコツと習慣: 小山 龍介: 本

この人の本は出てると買って読んでしまう。

内容も簡単で読みやすいしね。

とりあえず、読み始めたばかりなのだが、すぐに使えそうな内容がいいよなー。


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長文を

書いてみたいなあ、と、たびたび思う。フィクションにせよ、ノンフィクションにせよ、破綻せずにそれなりのボリュームの文章を書いてみたい、のだ。

人に読んでもらって共感を得たい、っていうよりも、難易度の高いアクションゲームをクリアしたいという欲求に近い気がします。

ただ、問題なのは、そんな長い文章を何について書けばいいのかわからない、というのと、どうやって書いたもんだろうな、というのが、さっぱりわからないところにある。

こういう、さっくりとした文章を書いていくのとは根本的に違う気がするんだよねえ。

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思いやりとか

思いやりという言葉を、この歳で表だっていうのは、なんとなく口幅ったいところがあったり、「いまさらねえ」とか「ガチンコな世の中ですから」とかいってしまいがちですが、やっぱ大事です。

あと、そのあたり、わかってますよ。ええ。いわなくてもわかってるし、伝わってますとも。ええ。

という、いわずもがな理論で片づけたりすることも多々ございますが、やっぱ、正しい表現法で表現した方がいいですね。この場合の「正しい」というのは自分の中で筋が通ってる、って事だけではなしに、伝えたい相手にきちんと伝わるかたちで、ということです。

ここには気持ちのみならず、ある程度の技術の介入余地がありますが、別にテクニカルなことが本質を貶めることはない(と思う)ので、そういうのをいいわけにして、「結局やらない」ということがないようにね。という自分への覚え書きです。

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長続きしないといえば、

俺の性質なのか何なのか、とりあえず始めたものの長続きしなかった事柄って、数えるのがいやになるくらいたくさんあったりする。逆に、未だに続いている事って、実はあんまりない。

ちょっと思い出してみると、
・競馬・・・一時期の熱心さはないものの、細々と続いています。
・サッカー観戦・・・みるだけだもんね。
・日記・・・たとえばこのブログもそうだけど、紙メディアも含めると、高校生くらいから何かにつけ、の、メモは残っている。死ぬときに処分しなきゃいけないけどね。

このくらいでしょうか。

今考えると、ジャンプ買い続けてる人とかすげえと思います。ほんとに。

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もしやるなら、、、

・学生の時にやってたビオラを復活させる
・アクリル画とか
・フットサルというより、トリッキーなリフティングを。

という何となくな希望があります。みんなでやる、っていうのもいいんだけど、勝手な人間なので、一人でできるものが気楽でいいんだよね。でも、そういうものってたいがい長続きしないんだよね。

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四十の手習い、という言葉があるけれど

まだ今んとこ四十にはしばらくある気もしますが、なんとなく何か軽く趣味性の高いスキルを身につけたいと思っております。

自分だけに限った話ではなくて、身の回りの30代には何となくそういう雰囲気を感じるのですが、これって何か根本的な原因なんかがあるんでしょうか。

まあ、ともあれ、絵でも音楽でもスポーツでもかまわないんだけど、なんかひとつこれっていうものをやってみたいですなあ。

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老化と変化

たとえば、文体一つとってみても、年々なんとなく変わってくる。

修練の結果、だんだんよくなってくる、ということも勿論あると思うが、よい・悪いとは全く別で、ただ、変わってくる、ということもあると思う。

人を構成する細胞がだんだんと入れ替わるように、自分の考え方やそれをアウトプットするスタイルも変わってくるのだと思う。

大きな意味では「老化」の一つと思うのだけれど、生まれた瞬間から老化が始まってると思うと、老という言葉ではカバーしきれないきもする。

単純に成長としてもいいけど、成長には、増殖とかサイズアップのイメージがあるから、それだけでは何となく不十分なきもする。

ただ、単純に変化、としておくのが、一番無難だと思えるのだけれど、そうすると、あえて老化、という言葉を使わなくてもいい気がするし、老いに対して引け目を感じる必要はないんじゃないかというきもする。

まあ、現実的には、変化し続けること(それが、現状老化といわれる段階まで進行したとしても)が、それはそれで悪くない、という事を証明せねばならんでしょうなあ。

三十路を超えるとそういうことをやや考えてしまいます。

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2009.07.11

すきなこと、得意なこと、きらいなこと、にがてなこと

好きなことが得意だったらそれは楽しいし、苦手なことは嫌いになってしまうかもしれない。ただ、好きなことでも得意でない(苦手)ということもあるだろうし(下手の横好き、といわないで!!とか)、得意だけど実は嫌い(極端な例でいえば、俺は嘘つくの得意なんだけど嫌いなんだよね、とか)ということだってあると思う。

あとは、好きなんだけど嫌いなこととか、昔得意だったのに今は苦手なこととか、単純な言葉の組み合わせだけなんだけど、いろんなニュアンスを表現することって案外できるし、そこから想像されるストーリーっていうのもなんだか興味深い。

やっぱり言葉っていろんなレベルで考えてもおもしろいもんだなあ、と改めて思う。

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芸術(言語?)の価値

機能主義と相反する考え方、らしい。確かにそれだけでもちょっとピンとくるところはある。

機能的であること=価値がある

という等式が成り立つとしてしまうと、芸術を説明するときに、結構きびしい。心理的によい影響を及ぼす、とかそいう言い方するしかないっていうか。

でも、それって、本質的な評価ではないよなあ、という感覚とのソゴが生じるんだよなあ・・・

そこのところあたり、もうちょい吉本隆明の講演を聞き込んではっきりさせたいところです。

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具体的に必要なスキルってなんだろうか

ひとくちにデータ処理、っていっても、いろんなステップがあるのだと思う。最終的な統計解析になると、もっと数学的な知識やスキルが必要になってくると思うから、その最終的な解析まで持ってくための、

・データ(文字列)の抽出
・データ(文字列)のフォーマット変換・整形
・組み込み済み関数を利用した平均の算出や近似計算

このくらいじゃないかしら。と思う。

こうなってくると、たぶん、VB(VBA)とかPerlの守備範囲で何とかなるんじゃないかと思っている。Perlでいいかどうか、という最終判断は保留にするとしても、フリーの開発言語だし、はじめの一歩としては悪くないんじゃないかなーと思っております。

ただ、実用に耐えうる一般的な教科書が不足してたり、実用に即した分かりやすく入りやすいコミュニティがない(ように思うのですが、どうだろう)、のが、困っちゃうところです。

と、いうわけで、当面、自分でがんばる。ということが必要そうです。

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